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2015年01月03日(土)

「世界」の連載

月刊誌「世界」の1月号から始まった連載、槇文彦氏に松隈洋氏が聞く「建築から都市を、都市から建築を考える」を読みました。尊敬する槇氏の子供の頃から慶応、東大と進み留学する過程を興味深く読みました。その内容は追々書かせてもらうとして、松隈氏の発言に驚きました。

話は冒頭から「新国立競技場」の話で始まり、槇氏の「(これまで氏がやってきた)異議申し立てに対して、政府や東京都から、回答は一切ありません。その義務はないと思っているのでしょう」という批判の流れに対して、松隈氏はこの「プロジェクトに関わった都市プランナーなり建築家は、計画の規模や手続き、コンペの募集要項について、なぜ問題にしなかったのか。今回の出来事をきっかけに、専門家の果たす役割とは何なのか、その社会性や倫理性をどのように担保していくのかが、あらためて問われていると思います」と発言しています。私は「そこまで言うか!」と驚いたのです。さすが、と思いました。それなら、と私は替え歌じゃあないけれどこんな風に言い換えました。「このコンペに応募したり知っていた建築家は、計画の規模や手続き、コンペの募集要項について、その時点で何故問題にしなかったのか。今回の出来事をきっかけに、専門家の果たす役割とは何なのか、その社会性や倫理性をどのように担保していくのかが、あらためて問われている」と。どうせ「プロジェクトに関わった」人たちは誰だか分からないでしょう。出てきっこありません。しかし応募したり、募集の時点で知り得た建築家ははっきりしています。だから私はその建築家たちに、何故その時点で問題にしなかったのか、私の疑問はそれにつきるのです。是非明快に語ってもらいたいと思います。そこに建築家の本質が見えるような気がするのです。「与えられればなんでもやる」という。


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