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2015年08月01日(土)

国立競技場を未来に手渡す会

一昨日「神宮外苑と国立競技場を未来へ手わたす会」主催の会に、ある方から情報をもらったので行って来ました。TVカメラや報道陣が大勢いて、凄く盛り上がっていました。目的の一つに、全国から集めた「ザッハの競技場を作らせないことと、もっと簡素なものにする」という署名運動をした8万人分の署名を国会議員(十数人参加)に手渡すセレモニーと、これからどうすべきかという提言を話し合う会でした。私は場違いもいいところで、恐らくザッハの案をそのまま建てさせることに賛成しているのは出席者200人中私一人だったと思います。そしてこのような「市民運動」を「オバサン運動」と言って最も嫌っているのですから、腹の中がもし見えたら叩き出されるだろうと思いながら、せめて一切拍手をしないことで意思表示していました。そしてすぐ横のTVカメラから常に顔をそらしていました。

この会は3年前に開かれていれば、それはそれで成り立つだろうと思いながら、今やることの問題を考えていました。「それでもやらないよりは良い。事実ゼロに戻す宣言を勝ち取ったではないか」と代表の大橋智子さんの勝ち誇った顔を見ながら、私は疑問をまとめてみました。私の疑問は二つです。一つは、「槇さんはコンペの要項を見た時、その時何故声を上げなかったのか?要項を見れば、大きさや内容のことはつかめたはず。」そしてもう一つは「ザッハは何か違反をしたのか?何か悪いことをしたのか?」この二つです。当然予算をオーバーしたではないかと言う反論があると思いますが、「BSフジのプライムニュース」で出席者が、ゼネコンは断ろうと思って法外な値段を入れたら、そのまま断られないで歩き出した。ゼネコンは戸惑ったそうですよ」という意味の発言をしていました。バブルの時に工務店が仕事が多すぎて「丁重に断る方法」としてよくやったやり方です。この発言がたとえガセネタとしても、大なり小なりあったはず。それに設計を引き継いだ梓ら四社?も、ザッハは出来ると言っているのだから、一度も連絡や相談も無しにこんな設計を続けたとしたら、責任を取らねばならない。

今回の事態が、「オバサンの会」や「国民の声」によって、その目的を達しつつあると思ったら、何をかいわんや、それどころか建築家の「姿勢」や「イメージ」がまたぐちゃぐちゃに崩れました。誰かが安藤の無責任ぶりを突いて会場を笑わせていました。また自分の案を得々と提案、解説している人もいました。主催者のオバサンたちは止めませんでした。だからオバサンなんです。私には耐えられない会でした。ただ一点、出席した甲斐があったのは、素敵な蓮舫さんを近くで見たことです。ほんとに素敵でした。私がゆっくり話せばきっと私を理解して賛同してくれると思いました。


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