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2015年09月11日(金)

「声」欄ボツ

朝日新聞の「声」欄に投稿しましたがボツになりました。私の書いた主旨は、「はじめに新国立で騒ぎ出したのは「大き過ぎる高すぎる」ということではなかったか?それがあるときから「値段が高すぎる」という話になって、高さが高すぎるという話が飛んでしまった。どうせ白紙撤回されたのだから、今ここで騒いでおかないとまた同じようなボリュームのものが出来てしまうぞ」、というものです。しかしボツになりました。

 反省しているのは、ここでは書いていませんが、投書の原稿では、「建築家の一部が騒ぎ出した」とか「私はザッハの案に賛成だったとか」、「一度決まったものを、個人の見解や好みで足を引っ張るのはフェアーじゃない」とか「どうせ1万や2万人減らしたって、周囲から気が付くほど変わるものではない」とか、「騒ぎ出した以上は最後まで責任もって後始末すべきだ」とよせばいいのについ感情むき出しで書いたせいかもしれません。それにしても「声」欄は読者の「ガス抜き」みたいなもので、オリンピックが決まった時書いて採用掲載された「前のオリンピックの轍を踏むな」という私の投稿は、関係筋にとってはまったくの無意味でした。何の意味もないんですよ、あの欄は。そういえばもうコンペは始まっているようですね。日建とザッハが組んで再挑戦とか。私は「隈研吾と竹中のチーム」と予想しています。隈は東大、竹中は槇さんの親せき、どうです?余談ですが、「第二国立劇場」のコンペで審査員だった磯崎新が審査の途中で「外国人はまずい」ということになっていたということを書いていますね。


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