ホーム »  コラム  »  内藤多仲邸

2015年12月13日(日)

内藤多仲邸

先日「内藤多仲自邸」の見学会に参加しました。メインの部屋に大きな古いトランクが飾ってあって、これは大切な記念すべきトランクです、と説明されました。どういうことかと思ったら、中に「仕切り(?)」があって、内藤先生はあるとき、さんざんそのトランクを酷使したのに全然壊れないのはこの「仕切り(?)」のせいだ、と気づかれた。すなわち先生の構造の発想の源となる記念すべきトランクです、と早大の構造の先生から説明されました

 皆写真を撮っているので私も撮りました。そして恐る恐る中をあけてみたら、私は 間仕切りで垂直の壁のようなものが付いているのかと思ったら、二重底、つまりある程度荷物を入れたら、三分の一か四分の一のところで、その二重底を入れて蓋をするというものでした。それはその上にも更にモノが入れられるという仕切りのための二重底でした。エッ、これが早稲田の構造関係のひとが有難がる「内藤先生の構造の源?」と、驚きました。(いつもならここで「バッカジャナイノ?!」と書くところですが、構造力学試験落として追試受けた構造劣等生なので自粛します)

 だって、部屋の途中にもう一つ床を張ったら、いくら丈夫になっても建築として使えないじゃあないですか?部屋の隅に「火打ち」と言うなら分かりますが。。。。そうか、今思いつきましたが、その二重底を支える為にそのトランクの中の四隅に「火打ち」のような支持材がついていた? それを見落とした? 否、そんなものついていなかった。

早稲田のこのかばんのことを知っている構造関係の方、教えてくれませんか?早稲田の名誉のためにも、教えてください。

(PS:内藤邸に行ったのは、取材の為と懐かしさです。懐かしさは、私が東海大学に入るとき、安東勝男先生から当時、東海大学主任の内藤先生のところに挨拶に行くから、マスクメロンを2個用意しなさいといわれて、二重になった玄関で頭を下げたことを思い出したのです。そう言えばあの玄関扉は住宅には珍しく二重だった!! 内藤先生は「二重」がお好き?(冗談冗談、冗談ですヨ!!)内藤先生にはまだ思い出があって、大学受験の時、高校の先生が同郷だったか親戚だったかで、受験番号を持ってきなさい、話しておいてあげるからと言われ、その時早大の主任だったから、安心しきっていたら見事に落ちた話とか、今自分史の本を作っています。来年秋を目指して頑張ります。読んでください)


ページの先頭に戻る