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2016年06月28日(火)

隈さんおかしいです。

雑誌「婦人公論」の広告に、隈研吾さんが「“謙虚”で“地味”な新国立競技場を作ります」という文を書いていると出ていました。

隈さん一流のウィットにとんだ「逆説」なら良いのですが、完成予想のパースや模型を見る限り、どうやら「逆説」ではなさそうで「“個性的”で“ド派手”な新国立競技場を作ります。」とはならないようです。

私ははじめからオリンピックなどに興味はないのですが、それでも、あれだけ騒いで「世紀の祭典」に浮かれているひとたちに、どうして建築家が“地味”で“謙虚”なものを作らなければならないのでしょうか? 舛添さんがたかだか300万円自分で使っちゃったから「ケチケチ」と言って騒いでいる国民に迎合するのですか?

 この五輪のための実行予算だって何倍にも膨らんで一兆円をはるかに超えて二兆円近くなっているそうです。なにも建築家だけが2千億や3千億ケチることはないですよ。

 建築だってこういう機会を利用して、(そのチャンスを与えられた者は)目の覚めるような世紀の傑作を作るべきです。前回の丹下健三のように。それなのに今回のは建物の周りを一周しても同じ柱が並ぶだけ。右を見ながら右回りしたら、何回回ったかわからななくなる。山菜を摘んで入れたカゴのよう、それで「自然を守ろう」と言ってるみたいですが。 いつまで持つか分からない、しかも膨大な維持費がかかりそうな樹を植えていつまで神宮の森が守れるのですか?

 東北の地震の後、伊東さんが「作品主義・作家主義の時代は終わった」という主旨の発言をされた時私は「今は喪中だ。建築にフタをしてはいけない」と言いましたが誰も拾い上げてくれなかった。「作品主義は終わった」という傍らで「台北」に凄い劇場(コンサートホール?)をお作りになっている、あれを作品主義と言わずに何と言う? あれを作家主義と言わずに何と言う?やっぱり隈さんも建築にフタをするんでしょうかね? 「山菜を入れたカゴのふたは真中が開いている」? さすがお上手です。 

前回の五輪であの丹下建築を見て、感銘を受けて優れた建築家が生まれたあの状況はもう来ないのでしょうか?


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