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2016年11月14日(月)

ボブディランと今和次郎

 私は「ボブ・ディラン」を知りません。否、新聞の社会面に出てくるくらいの知識はありますが、詩の内容も理解していませんから、「ノーベル文学賞」と言われてもピンときません。

しかし「ノーベル賞」が決まると、普通なら喜びの顔が写って特集がTVでも新聞でも組まれるのに、本人が現れず「連絡も取れない」というので、だんだん面白くなりましたが、あっけない「出現」に拍子抜けしました。あとは授賞式はどうするのか? 出席したとしてタキシードは着るのか? 授賞式後のダンスは踊るのか? 楽しみです。

実はこれで思い出すことがあるのです。

私の1年後輩ですが、敬愛していた富岡太郎君という建築家がいました。惜しいことに実に若くして早逝してしまいました。だから作品は知りませんが、建築家としての人間に、尊敬すらしていた立派な男でした。結婚式に呼ばれて大阪に行くと式場は幼稚園でした。忘れられません。

ゼネコンの設計部でしたが、昼休みにはみんなとお茶なんか飲みに行かずに一人「休憩ラウンジ?」でいつもバッハを聴いていました。「吉田さん、バッハは良い」と言っていました。彼と話していると、あるいは生き方を見ていると、真に大切なこととか、真に必要なこととか、真の生き方とか、考えさせられることが多く、勉強になりました。

彼は今和次郎先生を尊敬していました。今和次郎という方は、建築家で、有名な民俗学者でした。私が早大に入学したとき、大隈講堂の式に、居並ぶ主任教授たちは壇上で早稲田の正装、角帽と黒いコートを着ていましたが、ひとり普通のジャンパーで運動靴の人がいます。度胆を抜かれました。その人が建築学科の主任教授、今和次郎だったのです。民族学者だから、服装にもご自分の思想があって、形式的な衣装(正装)を否定する主張だったのです。

その後も、どこにでもいつでもジャンパーと運動靴で通す人と言うことで有名な学者ということを知りました。その先生を富岡君は尊敬していました。私も尊敬するようになりました。

ところがその今和次郎先生が「文化勲章」だったか?数人しかもらわない凄い勲章をもらわれたのです。天皇陛下の前で受けるらしいのです。宮内庁から「モーニング」を着てくるように言われたそうです。

で、どうしたか?今和次郎先生は「モーニング」を着て皇居に行かれました。

富岡太郎君は「吉田さん、今和次郎先生は止めた」と言いました。


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