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2017年04月06日(木)

天声人語の「訂正とお詫び」

朝日新聞の隅っこに「訂正して、お詫びします」という欄があります。ほとんど見たことはないし、見ても私にとってはどうでもいいことで、普通のひとも無視して良いくらいの些末なミスで、校閲って大変だなあと思うくらいです。

 ところが6日の欄には、ふと目がとまり、読んで仰天、エー!!!と叫ばずにはいられませんでした。

 それは5日の「天声人語」で林屋晴三さんのことを書いた文の訂正でした。それは次のように書かれたところでした。「琳派の祖とされる名匠本阿弥光悦の作品であっても、心を許した友には「自分には名作とは思えない」と率直な疑問をぶつけた」と書いていますが、それを訂正するというのです。

 林屋さんが亡くなられたので、それで「天声人語」の欄で取り上げられたのだと思います。私が読んだとき、え!? と不思議な気持ちで引っかかってはいたのですが、そのまま読み過ごしていました。

 ところがそれを次のように「訂正して、お詫び」しているのです。「琳派の祖、本阿弥光悦の作と目される品についても、心を許した友には「自分には真作とは思えない」と率直な疑問をぶつけた」と訂正するというのです。

この違いお分かりですか?即ち「光悦の作品」を「光悦の作と目される品」と訂正した事、それと「名作とは思えない」を「真作とは思えない」と変えています。

 実に巧みに字を入れ替えていますが、そんな問題ではないのです。とんでもないことなのです。つまり林屋さんというひとが、光悦の作品でも良くないものは良くないという自分に正直な人と言いたかったのでしょうけれど、光悦に林屋さんが、好き嫌いはあっても、けなす作品は無いと思います。それは林屋さんにとって核心の問題だと思います。

 これは文全体を書き直さなければならないような誤りです。あるいは、茶碗と林屋晴三のことを書くことすら、資格が問われる問題です。文字を二、三個入れ替えて済む問題ではありません。 ナーンチャッテ・・・私、気を付けよう。


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