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2017年05月27日(土)

老人ホームの設計

最近よくコンビニやファミレスの昼飯を食べますが、値段の割に実においしいです。冷やし中華など満足です。ファミレスの和風ハンバーグだって満足します。勿論この値段で「おいしい」と云っているのです。そりゃあ、北京飯店や維新號の中華そばと比較したり、ホテルのハンバーグと比べているのではありません。ホテルのハンバーグなんて4~5、000円はします。しかしコンビニやファミレスなら1,000円以下です。ミニ冷やし中華なんて350円です。維新號へ行って御覧なさい10倍はします。

ところで建築の話。母が去年老人ホームで死んで、また最近知人で老人ホームに入られた方を訪ねた、その感想です。

成城にあるような入居費が何億円もするような老人ホームではなく、我々一般が可能な程度の老人ホーム。あるいは公営の老人ホーム。コンビニやファミレスのような老人ホーム。その設計者の何とデザインの下手くそなことか。

安いなら安いなりに、もっと一般のひとが、心の晴れるようなデザインができないものか。能が無いなら老人ホームの設計は辞退してください。

老人ホームは経験(最近見舞った方も)したので言いますが、連れてこられた老人は一様に「見捨てられた」と感じます。病院なら直れば出られると思いますが、自宅を離れて「老人ホーム」に入ると、そこで人生を閉じるのです。思い出ある人生をこの建物の中で終わりにするのです。ここで(事実上)死を待つのです。想像できますか?ホームでは楽しさを用意してくれていますが、それとこれとは話は別です。

  私の知る「老人ホーム」の世話をしてくださる方々、つまり働いている皆さんは、ほんとに親切で明るく、信じられないくらい心底良い方々です。母を訪ねた帰りには、涙が出るほど感謝の気持ちが湧きました。だから入居に慣れてくると「見捨てられた」感は少しは和らぐと勝手に想像しますが、はじめて入った時が問題です。なんでこんな下手な設計をするんだと怒りが湧きます。

やっと決心して家を離れてホームへ入ろうという老人を待っている建物が、こんなデザインでは「見捨てられた」と思う気持ちを増長させます。建築家の責任重いです。

たとえば階段の手すりだって、手すりのパイプに棒を付けりゃあ良いというものではありません。同じ工事費でも付け方によっては、ふと、お洒落な気持ちになって和みます。その辺の安アパートではないのです。「神田川」のみすぼらしい一間だって、若いこれからという二人ならみじめとは感じません。老人ホームは、この建物で、この部屋で死を待つのです。一時入っているのではないのです。死ぬまで入っているのです。その覚悟で来た建築がどうしようもないデザインの建築だったら、どんな気持ちになるか。

デザイン力に欠ける人は老人ホームの設計はしないでください。


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