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2017年08月24日(木)

アジール・フロッタン展その2

「アジール・フロッタン 再生展」は「朝日新聞」にまで紹介されて、大成功だったと思います。遠藤秀平氏のご努力には敬意を払いたいと思います。

 私はこの展覧会が「日本人がまだ知らないル・コルビュジェ」と付いていたことが気になって、「国際フォーラム」の講演会や、展示場にも行きましたが、少し考え過ぎだったようです。

 と言うのは、キューレーターを務めた歴史家の五十嵐太郎氏が「これをやるまでは知らなかった」とおっしゃっていましたが、要するに単に「存在を知っている人は、いないのではないか?」という意味だったようです。

 私は、コルの有名な8巻ある作品集に出ているので、建築家はみんな知っていると思っていました。

 そもそも10年くらい前に、ASJの前の社長から「あの船を買おうと思うんだけど、どう思いますか?」と聞かれたことがありました。へー、売りに出ているのかと驚きましたが「話題性はありますが、維持費は大変でしょうね、それだけの価値はほんとにありますか?」と答えたことをはっきり覚えています。その後どうなったか知りませんでしたが、あの時、今の所有者が買われたんでしょうね。

 ところで私が「気になったこと」というのは、コルビュジェはこの船を作った時、同時にあの「サヴォア邸」を設計しているのです。

そのことについて遠藤氏は「ブルジョワ住宅であるサヴォア邸に対して、アジール・フロッタンは難民や低所得者のための仮住まいだが、コルビュジェがそれらを分け隔てることなく、設計理論を実践していたことは興味深い。」と会場で配られたブックレットに書かれているのです。

私は、遠藤氏のように「プラス思考」ではなく、この貧富の両極端の仕事をどう感じていただろうか?建築家というものは依頼されれば何でもこなさなければならない、その時のコルの気持ちは?と興味があったのです。

実はその根底には、「この船に160ものベッド(作品集より)を詰め込むのは、私がやってもこうなるよな、そもそも良い空間ができるはずない、と思ったからです。

ところが遠藤氏は「設計理論を実践して」と書かれている。その設計理論とはあの「近代建築五原則」なのです。いかになんでもこれには無理がある、という私の考えは長くなるので次回とします。


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