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2017年08月25日(金)

アジール・フロッタン展つづきその3

遠藤秀平氏は、コルビュジェは「アジール・フロッタン」で「近代建築5原則」のエッセンスをすべて取り入れていると評価しています。

私は、そこに極めて無理がある、と言わざるを得ないと思います。この船に着目したことは大変興味あることで、それは認めますが、「近代建築5原則」に結び付けることはないと思うのですが。

例えば、「ピロティ」。船内に立ち並ぶ丸い柱は屋根を支持するもので、建物本体を持ち上げているものではありません。私は1922年の「シトローアン・ハウス」(プロジェクト)で大地から家本体を解き放つべくピロティが初めて使われた、と認識していますが、その後も屋根だけを持ち上げたピロティを知りません。これは遠藤氏も違和感(無理)を感じられたのか「地面と建築を切り離すという意味では、河岸と船のあいだこそが「ピロティ」だとも言える」とフォロウしていらっしゃいます。ここまで言ってしまってはコルビュジェもびっくりするのでは?やはり「ピロティ」を持ち出すのは無理がある。

また「水平連続窓」もここでは横方向に16.5メートルの窓が左右に3つづつ並ぶ。これも「5原則」のひとつだ、と言われます。

しかしこれも私の意見としては、コルビュジェは「水平連続窓」は室内にとっても「基本要素」「家の主役」だと言い、窓台の高さ、窓まぐさの高さ、カーテンの扱いが内部空間の決め所だと言っているように、雰囲気にはこだわっています。この船のように高いところに付くハイサイドライトを、ただ横に長く開いていても、5原則の「リボンウィンドウ」と一緒にしないほうが良いのではないかと思いますが。

あと「自由な平面」「自由な立面」などは省略しますが、やはり今回「5原則」を持ち出さなくても、と思うのは私だけだろうか?と思って、ある編集者に話すと同意されて、しかもコルの「インテリアとしても、レベルが低いと言わざるを得ないね」と付け加えられました。私もそう思います。

やっぱり私が期待したのは、全く同時に「サヴォア邸」と「難民収容船」を設計するコルビュジェの内面が見たかった。それだけでも取り上げる価値があったのではないか?と思います。

もっとも遠藤氏が「それらを分け隔てることなく、設計理論を実践していたことは興味深い」というのが答えだとすると、益々否定的な疑問が深くなります。


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