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2017年09月01日(金)

ジャコメッティ展

「ジャコメッティ展」に行きました。

高校時代に「総合」という文化・思想・総合誌が創刊されて、それで特集されたのが衝撃的で懐かしく、実物がこんなに大量に見られるのははじめてなので行きました。

 最近、展覧会の「音声ガイダンス」の解説が実に良くできているのでいつも借ります。(先日行った「日本の家」展では借りませんでした。私が解説したいくらいだったので・・)

今回借りて聞いていると、非常に分かり易い言葉ですが、内容が難しく、理解できません。サルトルの実存主義を知らないと、付いていけないのです。さらに、ジャコメッティは「見えるものを見えるままに」表現したのだそうです。ご存知でしょうが、あの細い枯れ枝みたいな女性が立っている彫刻を「見えるままに」と言われても、乱視じゃない?と言うわけにもいかず、高校時代はよく理解したなあ、と懐かしくなりました。

話は変わりますが、以前、建築の歴史学者の研究会に紛れ込んで研究発表を聞きました。その時ある学者が、「ル・トロネの石積みの壁は、中庭の光を透過して、それが聖堂で感じられます」と云うのです。あの壁は固い30センチ以上もある厚い石の壁です。光を透すはずがありません。

私はあきれて無謀にも「学者の論理と云うものは科学が基本ではないんですか?」と聞くと、「私には見えるんです」と怒られました。

ところでジャコメッティ。私は「犬」の彫刻が一番好きです。こんなにそぎ落とされて枯れ枝のようでも、寂しそうに探す姿に、万感こもごも至るものを感じるからです。高校時代の感性の理解と、いまの感性の違いでしょうか? 若いころは、真に理解しなくても仮想でやって行っていた。それが今、感性は鈍くなっても本音で生きられるようになった。そうつくづく感じます。


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