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2019年02月13日(水)

仕事の思い出・7

 若い人には通じないかもしれませんが、昔はTPOといって、服装は時と場所をわきまえる。あるいは自分の立場を心得ることが大切だったのです。更に延長して、その人の職業や地位、生活まで、服装は関係していました。

 少し飛躍しすぎるかもしれませんが、私は、服装だけでなく建築もその人に合う合わないということがあるように思えてなりませんでした。たとえば「ファンズワース邸」に泉谷しげるや樹木希林さんが生活している図は仮想できません。ライトの「落水荘」に出川哲朗や渡辺直美は似合いません。

 本論。

ある日事務所に、普段着のジャンパーにジャージ、スニーカーの男性が一人で来られて、家を設計してほしいとおっしゃいます。聞くと私の作品をいろいろ知っておられて、お詳しい。そういう客は大歓迎で、勿論喜んでお引き受けしました。

お仕事は消防士、奥さんは学校の給食のおばさんだとおっしゃいます。なるほど、その服装とイメージは私の勝手な先入観と一致します。ただ、例を出しながら私の作品を褒めてくださるのが、どうも違和感があって不安でした。

第一案、第二案と出しますが、断られます。私は利便性を第一に、ぬくもりのある心安らぐ住まい、そう「ジャージにスニーカー」のイメージの家を考えていました。第3案目を出したとき「せっかく先生にお願いしているのですから、使いづらくてももっと気の晴れるような、胸のすく異空間を作ってもらえませんか? 先生が建築で大切にしているのは使い良さや機能性ではないんじゃあないですか?」

そこで出来たのが「M氏邸」です。

途中、床暖房の費用が無いから吹き抜けは止めた方が良い、と言えば「私は寒さに強いから大丈夫」と言うし、高い天井はガラス拭きや維持が難しいと言えば「私は消防士だから高いところは慣れている」と言われるし、普段着のジャンパーにスニーカー、そして消防士と給食のオバサンいうレッテルは私から消えていきました。

ただ気になったのは、設計中一度も奥さんと会わなかったことです。しかし「消防士」と会うのは非番の日中ですし、給食のおばさんは日中休めないのだろうと気にしないことにしていました。

完成して引き渡した日にも「消防士」一人でしたが、出初式でもやるんじゃないかと思うくらい、高い吹き抜けにはしゃいで喜んでくれたのが印象的でした。(つづく)    (註:「M氏邸」はホームページ(主な作品)を参照してください)


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