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2019年03月03日(日)

仕事の思い出・6 

アプローチから瓦屋根の部分が見えないので作り直してほしいと言われて、勾配を変えるために棟を高くしたら、「北側斜線制限」に引っかかって、役所から呼び出された話(5)のつづきです。

勾配を変えるのに何とかしなければと焦って、佐藤工務店の社長と相談して出した結論が、要するに、玄関の軒高はこれ以上低くできないので、棟(最上部)を持ち上げるしかないという事になったのです。

ところが既に北側斜線に余裕が無かったので、60センチ上げたら60センチ違法になった。

私は施主に説明して、敷地を北側に1メートル広げれば済む。北側の敷地は現在幸い空地だから、1メートル借りていただけないかと提案しました。

「法律のことは分かりませんが、お任せします」

ということで、空き地の持ち主を調べて施主の奥様と交渉に行くことにしました。

施主の奥様は人品卑しからぬ(玄君、この言葉分かる?)一流会社社長の奥様。私もカシミヤのダブルにネクタイ。虎屋の羊羹3本入りを持って、行きました。(当時はメロンと虎屋の羊羹が最高の手土産)

肝心なのは模型です。法律の北側斜線に従って、棟のてっぺんを60センチ三角に切り取ったもの、とそれをくっつけたものを作りました。そして北側の敷地の奥様に説明しました。

「手前勝手な言い方ですが、このてっぺんがあると無いとは、お宅様の日照にほとんど影響がありません。しかし切り取ると形はキレイとは言えません。格好が悪くなるんです。ご理解いただけませんでしょうか?」

「お困りの内容はよくわかりましたが、一応主人にも聞いてご返事いたします」

ということで、翌日「うちは構いません、と主人も承知いたしました」と電話がかかってきました。

早速役所に「敷地を広げる」と説明に行くと、敷地境界線を移動したのなら、図面だけでなく実際にフェンスを立てて写真提出しろと言います。そこで丸太と貫板で西部劇の牧場のような簡単な柵を作って写真を撮りました。

万事完了。どなたにも実質的な迷惑をかけていないと思いまが・・・50年前の話です。


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