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2019年06月01日(土)

自衛?

新聞に出ていないので発言が正確には辿れませんが、文科大臣が子供たちの安全を守るために、警察とも協力して、ボランティアや父兄にも手伝ってもらおう、というような対策を述べていました。それで思い出します。

私が専任講師として東海大学に入ったころ、世界や日本は、学生運動で荒れに荒れていました。御茶ノ水界隈は、内戦状態で、大学は閉鎖されていました。

東海大学は湘南にあって、周囲は畑に囲まれて、塀は無く出入り自由な、のどかなところでした。

ところが東京で荒れ狂っているだけでは足りないのか、湘南にまでヘルメットの学生が来て、大学を乗っ取り体制を崩壊させようとします。

私はまだ入ったばかりで何も分かりませんが、若い教員や事務員は全員泊まり込めという指示が来ました。大学に泊まり込んだのは、学園祭の建築展以来だなあと懐かしく思いました。。

畳の大広間に集められました。私は雑魚寝が嫌いなので、こんなところに寝るの嫌だなと思っていました。そこに教務課の若いのが来て、説明を始めます。

今夜は2人1組、交代で一晩中キャンパスを警備して廻ってください! 1組30分、一組が戻ったらすぐ次の組が出発。

「オイオイ、幼稚園依頼、取っ組み合いの喧嘩なんてしたことないのに、襲われたらどうすんだ?」当時のキャンパスは照明など一切無い、真っ暗です。 しかも組んだ相棒はどう見ても私よりひ弱な先生。イヤダヨそんなのと思ったので、手を挙げて教務課の若いのに言いました。

「私は警備のプロじゃあないし専門も違う。建築の設計は腕が弱い。こん棒で殴られたり、万一必死で振り回した棒が当たって相手が死んだら、殺人罪だ。こういう事を素人がやるのはまずいんじゃあないですか!?」 

浅間山荘事件が起きたのはその後ですし、彼らは人の命をなんとも思っていません。

数分したら教務部長が青筋を立てて真っ赤な顔をして怒鳴り込んできました。

「否だと言った先生は誰ですか?!! 否なら止めてもらって結構!その代り大学も辞めてもらいます!!」

私、何と言ったか覚えていませんが、まあ無事に30年以上勤めましたし、今でも、必ずしも間違っているとは思っていません。

学校の前の交差点で「オハヨー」と声をかける緑の旗を振る(交通整理)オジサンと違うんだから、簡単に考えるなよ、と文科大臣に言いたいですね。

PKOの時も武器所持でもめていましたが・・・あれとは話が違うんですか??


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