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2019年11月19日(火)

政治手法の基本

これは一度書いたのですが、また今日の状況が似てきたので、書きます。

昔、学生運動で世界的に混乱しました。報道で香港の騒動を見ると思い出します。

大学では立て看板が立ち並び、香港のように、どう収拾するのか見当がつかない時、

政治家でもある大学のトップは、次々と「火種」を出すのです。

 「授業料値上げ反対」で騒ぎが盛り上がっているのに、キャンパスの「立て看板」を禁止する。学生は「冗談じゃあない」と怒ります。その集会が盛り上がっているというのに「集会の禁止」を宣言します。学生は「冗談じゃあない!」と怒ります。

 私は、ひとつも解決していないのに次々問題になる禁止を出したら、まずいんじゃあないかと思っていました。

 ところが、学生は次々出る火種に、その都度振り回されて、何に怒っているのかぼやけてきて、次第に力が分散し、まとまりが無くなりました。つまり学生の負け。

 それが政治手法の基本らしいのです。政権には「まとまりと盛り上がり」が一番怖いのです。

 今がそんな時だとおもいます。

 モリカケ問題、結局あれでおしまい?

「表現の不自由展その後」どうなった? 宮田長官、結局あれっきり?

 二人の辞任した閣僚、説明すると言っていたのに、どうなったの?

 「桜を見る会」後援会の前夜祭問題、もうおしまい?

 「札幌オリンピック」金とコース、ホテルと移動、大丈夫?

・・・問題自体思い出せなくなりました。

 そんなときまたまた沢尻エリカ。結局マスコミが視聴率(国民の関心)を追っている以上、問題が多ければ多いほど、政権は何をやっても政府は安泰なのですよ。この国どうなっても、政権が悪いのではなく、国民の問題なのです。


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