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2019年12月16日(月)

新国立競技場発表されましたね

 新国立競技場が完成しました。朝日新聞で見ました。

 記事に、コンペの(はじめのザッハの)当選案について最初に声を上げたのが、槇文彦氏だったと出ています。

「デザインの好悪を超えて巨大すぎる」(朝日新聞)とザッハの案に異議を唱えた、と書かれています。

 その通りです。槇先生の「異議申し立て」で、ザッハの案は潰されました。 

槇先生は、私が、建築家として最もご尊敬申し上げている方の一人で、作品からも多くのものを学ばせていただきました。その先生が、コンペで決まったザッハの案を否定され、結果的にやり直すことになったのです。

 私はどうしても疑問を消すことができません。

 コンペ要項が発表されたのが、2012年7月です。そして、コンペが行われザッハに決まったのが同年11月です。契約が結ばれ基本設計開始が、翌年4月です。

 そして槇先生の「エッセイ」が発表されたのがその年の8月15日です。

 おかしくないですか? 要項が発表されて1年1か月後に「エッセイ」発表です。何故、要項が発表された時「異議申し立て」なさらなかったのか?

しかも、当選案が決まって、契約が結ばれて、基本設計が開始されて、4か月後に「エッセイ」発表です。

「エッセイ」の冒頭は、ご自分が設計された「東京体育館」の御経験から、ザッハのパースを見て巨大すぎるという印象を持たれたと書かれています。

 おかしくないですか? 建築家なら、ザッハのパースを見るまでもなく、要項を見れば、その企画段階から、ここに8万人(結果的には6万人)収容する競技場が出来たら、どのくらいになるか、分かると思うのですが。

 朝日新聞の航空写真によると、「新国立」と「東京体育館」はラグビーのボールとピンポン玉の違いがあります。「デザインの好悪」を別にするなら、どんなものを持ってきても巨大すぎませんか?

 私はここで断っておかなければなりません。

 それは、槇先生が「コンペの要項」を見ていらっしゃるという事が前提です。

 このコンペの応募資格はかなり狭く、それをクリアする建築家は極少ですが、その中に槇先生は入っていらっしゃるから、当然、規模内容等はご存じで、ご検討の結果、応募されなかった、と勝手に決めています。

 もっとも、これらの内容は同時に「スポーツ振興センター」や都の「都市計画審議会」のホームページにはじめから公表されていて、誰でも見ることができた。

 ザッハの案は予算オーバーだったという話は長くなるから別の機会にしますが、最後にもう一つ。

 「良くないと思われることは、どんな時でも気が付いたら引き返せ」と言う人がいます。

 違うと思います。そんなことしたら、すべてのルールは崩れます。

正式に進めている他人の案を誹謗したり横取りすることはあってはならないと、「建築家憲章」で謳われていませんでしたっけ?

 

 

 

 


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