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2020年04月25日(土)

演歌とクラシックを比べても・・・

「朝日」の「文化・文芸」欄の伊東豊雄さんのシリーズですが、「3.11」の時の話が出てきます。

 非常に衝撃を受けられて、建築家に何が出来るかをお考えになったそうです。

 記憶ですが、あのとき「作品をつくる時代は終わった、建築家の作家主義は終わった」という意味のことを盛んに発信しておられた。作品主義とは何かとか、作家主義とは何かと、特に主義をつけると話は難しくなりますが、今回のシリーズにこんな文章が出てきます。

 仮設住宅の傍らにみんなが集まれる場所をつくることになって、「建築家らしいデザインにするかどうか迷っていましたが、仮設の住民に聞くと、縁側やひさし、薪ストーブが欲しいと言われて。これはもう、切妻屋根の何でもない小屋を作るしかないと」

 こんな発言もあります。

 「自分が作ってきた建築と、人々が求めるものとのギャップを埋めることは可能なのか、今も解けない課題です」とおっしゃる。

 そして「小屋が完成したとき、皆さんが涙を流して『よく作ってくれた』と言ってくれました。自分が関わった建築で、あれほど喜んでもらった経験はありません」と言われます。

 要するにそういうことで、当時それを強く感じて、「作品の時代は終わった、作家の時代は終わった」と発信なさったのだと思います。

 しかし伊東さんのことばは強い。周りの若い建築家たちはみんな動揺しているので、私は「今は喪中だ、必ず明けるときは来る」、「建築にふたをするな」と叫んでいましたが、誰一人聞いていなかったようです。

 で、今回読みながらこんなことを考えました。

 場末の飲み屋で大晦日、八代亜紀の「舟唄」が流れてきて、隣のひとが涙を流して聴いている。

 その隣でもし武満徹が 飲んでいたら動揺するかなあ・・・日本では「ノヴェンバー・ステップス」より「舟唄」に涙を流す人の方が多いでしょう。特に大晦日には・・・

ナンチャッテ、無理なこじつけは止めて、ストレートに言うと、演歌と現代音楽は比較するものではない。歌謡曲とクラシックも比べられない。戸越銀座のブティックとパリコレの流行の話は一緒にできない・・・そういうことではないかと思うのですが。

 事実、伊東さんはあの直後(5年後?)台中でオペラハウスを作られた。まさに、いかにも「建築家らしいデザイン」じゃあないですか。

 「迷わないでくださいよ、大将なんだから・・・」


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