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2020年09月13日(日)

ゴリラはもういない?

「朝日」の文化・文芸欄の「語る」というシリーズ、取り上げられる人によって読みますが、今はグラフィックデザイナーで松永真氏。有名な方のようですが、恥ずかしながらピンとこなかった。

 先日斜め読みしていたら「石岡瑛子」という名前が目に入りました。これは大変な方。私が独立して事務所を開いた頃、「都市住宅」誌でもさかんに取り上げていました。どういうわけか建築の世界でも注目された方でした。資生堂から独立したアートディレクターです。当時はあまり聞かない職業でした。

 松永真氏は資生堂に勤めているとき彼女の隣の席でした。

 会社の言う通りにしない松永氏をみて、いつも「松永君、危ないね・・・」と言っていたそうです。その一言に、二人に通じるものがあることを感じます。

 そして彼は197131歳で「白紙に戻って『揺れ』の中に身を置きたい」と言って辞めます。石岡瑛子の独立はそのあとです。

 そのころの資生堂のポスターはもの凄かった。今でも幾つか印象に残っています。

 膨大な金をかけてタヒチまで行って、タヒチの景色はどこにも写ってなくて、画面いっぱいに女性の汗をかいた顔のクローズアップ。でも広告賞を取りました。

 そりゃあそうでしょう。サラリーマンの安定した生活を蹴って「揺れ」のなかに身を置く連中です。生活も命もかかっていますから。仕事に命を懸けた良い時代だった。

 ここで一つ思い出すことがあるのですが、松永氏が独立直後に参加した作品に「俺、ゴリラ」という新聞広告があります。明治製菓のチョコレートの広告だったそうですが、それがどんなものか思い出せませんが、実は私が畳6畳の部屋で事務所を開いた時、ゴリラの大きな写真をかけていたのです。文字は覚えていませんからゴリラの写真だけだったのかもしれない。

 「俺、ゴリラ」のキャッチコピーはかなり有名になって、私はその「ゴリラ」にあやかって買った写真だけのポスターだったのかもしれません。

 ところがその時、日大の近江栄教授が「新建築」誌の特集で取材インタビューに来られて、ゴリラを見ていて「この迫力は凄いな」とつぶやかれてじっと立っておられたのが印象的でした。その時「アトリエ事務所はつぶれない」と思われたようです。畳6畳の部屋で・・・後に弟子の黒沢隆さんから聞きました。

 その「新建築」の特集は、「これからの設計は『アトリエ事務所』か『設計組織』か?」がテーマでした。

特集のもう一人の担当者、東大の村松貞次郎教授は、「組織の時代になる」でした。ちなみにうちにはこられなかった。 

 最近? ゴリラはもういないのでしょうか?

 


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