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2020年10月19日(月)

筒美京平さんが亡くなられました

「魅せられて」「ブルーライトヨコハマ」「また逢う日まで」「17才」「わたしの彼は左きき」「ロマンス」・・・筒美京平さんが亡くなられたと報じられています。

 私は音痴の王様だから、口では歌えませんが、いくつかの光景が思い出されます。

 六本木の裏の暗い街角で、何かを待っている様子の女性が立っていました。暗くて近づかないと顔も分かりません。すれ違う時、氷の妖精かと思うくらい美しい女性でしたが、間違いなく石田あゆみさんでした。何かメロディーを口ずさんでいるような気がしました。たぶん「ブルーライトヨコハマ」・・・?

 黒沢隆さんは南沙織さんの大ファンでした。あるとき彼女のリサイタルに付き合ってくれと1枚の名刺を渡されました。たしか報知新聞かどこかの記者の名刺でした。それを持って会場に行きました。受付の「報道関係」というところで、名刺入れから、さも自分の名刺のような顔をして出すと、「報道」の腕章をくれて、丁寧に席まで案内されました。黒沢さんも別の記者の名刺を出していました。彼は撮影が目的でした。始まる前、黒沢さんはカメラを持って、左側の通路に立ってスタンバイ。ところが気づくと、報道のカメラマンたちは右の通路に大勢立っています。黒沢さんの立っている方は彼一人で良かったなと思いました。ところが始まると、南沙織さんはマイクを右手でもって歌うので、左の通路からだと、顔が隠れます。ウソのつけないドジです。彼「37才」、南沙織「17才」

 黒沢さんの大ウソは、普通では泊まれない堀口捨己設計の「八勝館の御幸の間」に泊まってみようと計画した時です。女将に、先生とは関係が無いのに「堀口捨己先生の知り合いの者で・・・」とウソ言って、宿帳に署名して格別のもてなしを受けて、まんまと成功しました。しかし今考えてみると、女将はウソをお見通しだったかと、思い出されます。

 ウソと言えば、もう一つ。

 75年の忘れられない筒美京平さんのヒット曲「木綿のハンカチーフ」

 「建築概論」の授業で、テープレコーダーを持ち込んで講義しました。「近代建築とはなにか?」の授業でした。

 あの曲の3番から4番になる間奏のところ。幸せいっぱいが暗転して「涙拭くハンカチをください」に移るのに、そこだけイヤに間奏が派手になる。

「これは真実と逆の表現をして真実を伝えようとする。

それに対して、真実を真実らしく表現しようとすると、増沢恂設計の「コアのあるH氏邸」がいい例です。「H氏邸」のブロックの上の透明ガラスがそれです」とか なんとか、分けの分からない授業をやっていたことを思い出します。

 ちなみに1975年は拙宅「チキンハウス」が出来た年。この家、ローコストは事実ですが「ローコストハウス」はウソです???


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