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2021年02月05日(金)

大学に行けない時期

去年は結局、大学の授業はどうだったんでしょうかねえ? まともに授業も出来なかったのでしょう。

 で、思い出で恐縮ですが、60年代終わりも、いわゆる学園紛争で、学園や周辺が荒れに荒れたのです。大学に行けない、授業どころではなかった時代があったのです。

 その様子というか、その時の事情を、拙著「建築家への道」(TOTO出版・¥1,260)で、北山恒さんと内藤廣さん鈴木了二が語っています。

 たとえば鈴木了二さん、「二年になると建築の課題が出始めて少しほっとするんですが、それが冬になると、学費値上げ反対」 「文学部あたりがストライキにはいる」 「理工学部も少し遅れてストライキ」 「結局、機動隊が入ったり」 「ほぼ半年の闘争が終る」「その間は授業が出来なくなってしまう」 「これもなかなか面白い経験で・・・」「しかし大学の機能が麻痺していて建築の設計ができないという苛立ちとか」 「その半年間で友達がガラっと変わった」 「もっともらしいものがバカげたものになり、些細に見えたものが確かなものであることに気づく・・・。」

 そして北山恒さん、「当時の大学は騒然としていて、誰もが革命ゴッコに夢中になって」 「デモの興奮は格別でした」 「街路を占拠してその中に入ると」 「爆竹の匂いやサーチライトの光を感じながら」 「目の前にある都市の光景は背中がゾクゾクするようなスペクタル」 「ほとんど授業に出ないまま」

 内藤廣さんは、「ところが東大紛争があって、安田講堂炎上というやつで、1年目は受験できなかった」 「大学に行くと、まだ70年安保の余波があってロックアウトしている」 「バリケードが積んであって中に入れないという時期がつづきました。」 「ウロウロしていてもしようがないので、建築の本を読みあさりました」 「僕はノンセクトでしたが、当時の政治状況には腹を立てていた時期があって」 「デモに行って機動隊に追われたりもしました」

 皆さん語られているように、いわゆる安田講堂炎上のころは入試も出来ない時期があったんです。私も大学院の修士設計の締め切りの朝、大学が封鎖(ロックアウト)されて出せませんでした。卒業式もできませんでした。

 その様子が、「建築家への道」を読むとまざまざと思い出されます。

 今、この本を読み直してみると、感慨深い。実に面白い。アマゾンでもしかしたら中古で買えるかもしれません。TOTOが増刷してくれてればいいのですが、「ゴルビュジエぎらい」の10倍以上売れました。本がよく売れていた時代です。

ところで「コルビュジエぎらい」有難うございました。

(「建築家への道」TOTO出版 ・吉田研介編ーー妹島和世、坂茂、北山恒、内藤廣、小嶋一浩、鈴木了二、新井清一)

 


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