ホーム »  コラム  »  京都タワーは 昔 叩かれた

2022年04月02日(土)

京都タワーは 昔 叩かれた

インターネットのニュースはどういうところで管理されているのか? 

 昨日、「京都タワー」のことを歴史家の倉方俊輔氏が書いていましたが、長いのでゆっくり読もうと思っていたら、消えていました。消えたものを引っ張り出す方法を知らないので読めません。失敗でした。(ハリウッドは幾つも残っているのに・・・)

 「京都タワー」は少なからず興味があるので、是非読みたいのですが・・・

 あれは建設当時、世間からさんざん叩かれた。世間と言っても、建築関係者や有識者や、建設反対の一部市民団体。 資料を集めました。

 ところが、完成したら、翌日からタワーに登ってみたいという市民の長蛇の列。

 昨日読んだ倉方氏の文によると「騒がれて話題を集めたから・・・」という意味のことが書いてありましたが、そうでしょうか・・・? 私は純粋に登ってみたいという欲望から、と思いますが。 ま、それはどうでもいいのですが、 たしかタワーが出来て十数年くらい経ったころ、私は学生と、京都市民のアンケート調査をやって学会で発表しました。

 「京都タワーをどう思うか?」 タワーの見える全域の市民にききました。

 たしか70%以上が、「好意的」「新幹線で帰ってきて、タワーが見えるとホッとして、帰ったなと思う」という回答でした。

 「あんなもの京都に建てるべきではない」という回答は無かったのでは・・・

 断わっておきますが、私は肯定も否定もしていません。建築の形体やデザインを批判することは極めて慎重でなければならない。「コルビュジエぎらい」でも今度の「建築コンペなんかもうやめたら?」でも、手続き論や客観的仕組みの論評はしましたが、主観的な「良い、悪い」は避けています。

 ところがわが国では、歴史家がわりと建築の品評をする。歴史的な相対的位置づけや技術の歴史的な価値は論じても構いませんが、歴史家が、「建築の品評」もするのはいかがなものか?

 かつて、有名な、ご活躍をしておられた歴史家(?)兼評論家が、新宿西口のガラス張りの高層ビルが完成した時、「なんだ、あのブルーの色は!」とさんざんこき下ろして、「品が無い!」とけなしました。ところが、実はまだ完成間際で、ガラスに貼ったブルーの養生シートが剥がしてなかったのです。それを早とちりしてけなしちゃった。そのかた表舞台から消えましたね。

 建築の形の良い悪いは慎重にしましょう。


ページの先頭に戻る