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2022年05月13日(金)

戦争の記憶

私は戦争体験を語る歳でもないし、性格でもないと、これまでほとんどしたことがありません。

 ところが、今、はっきりと思い出すんですよ。

 ウクライナで避難していたひとが、我が家に帰ってみると焼け失せて何もないところに呆然とたたずむ・・・ 同じ光景なんですよ、記憶と。

 小学校に上がる年、東京に大空襲がありました。母と夜中じゅう逃げまどい、遠く離れた洞窟のような防空壕で夜を明かしました。B29が去った翌朝、帰り道で見た光景が同じなんです。

 マリウポリの製鉄所の地下に、負傷兵が500人いるとか・・・今日の新聞にその傷病兵が松葉杖をついて立っている写真が載っていました。足が無いんです。 その光景、はっきり思い出すんですよ。

 小学校に上がってから、街に出ると、駅には必ず立っていました。足や手を失った傷病兵が、食べていけないから、鉄兜を足元に置いて立っていました。食うものを買う募金のためです。

 話は変わりますが、「建築コンペの醜い歴史」(WADE出版・拙著)で、「広島平和記念公園」あの丹下さんの傑作とされているピースセンターについて。

 この度書いた本では、川の中に碑を立てた山下壽郎案に8人中地元の5人が何故一票をいれたのか? (それでも落とされたけど・・・川の意味が通じなかった?) 

 丹下案の軸線上の先にあの原爆ドームが建っていて、後に「世界遺産」に登録される。その先見の見事さ・・・ しかし昔はあのドーム、現地(地元)ではどう思われていたか・・・を渾身の力を込めて書きました。

 実は両親が広島出身で、祖父母も親戚も、原爆を受けているので。戦争体験、聞いた記憶で書きました。

 


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