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2022年07月09日(土)

「鳥の巣」の二番煎じ?

私は建築の重要評価点の一つに「独創性」を置いています。

 だからこの記事を読んでズッコケました。

 「建築ジャーナル・7月号」の五十嵐太郎氏の「新国立競技場」についての文です。

 「(略)人がいなくても、いるような雰囲気を出すというランダムな5色の観客席は、なるほど効果があった。もっともこうしたまだらな座席は、北京の鳥の巣の方が先だろう(略)」

 そうだったのかあ!! 「鳥の巣」興味が無いから知らなかったけど、そうなの??

 この氏の文は「公共建築は安ければそれで良いのか」のほんの一部で、主文は大いに賛同できるものでした。ただ、私にはこの隈さんの「鳥の巣の二番煎じ」ひっかかるのです。

 (五十嵐太郎氏は、建築史家で建築評論もきちんとなさるし、大変注目していたのですが、コルビュジエの「アジール・フロッタン」に価値を置いていらっしゃるのを知って、きらいになりました。理由は拙著「コルビュジエぎらい」(ウェイド出版)に書きました。)

 隈さんの観客席の「まだら模様」はこれまでもテレビなどでも評判が良かったようですが、まあ、「鳥の巣」のパクリもひっかかりますが、問題は、昨日のコラムで書いた「負ける建築」の話で、朝日君の「深論」と関係があります。

 編集者と隈さんの対談で、趣旨だけ書くと次のようなやり取りがあります。

隈「世の中の経済システムも『偉そう』に回っている。それを「負ける建築」で批判してみたかった」 

朝「その実践の中にヒントがある。たとえば隈さんが唱える「粒子」という考え方。それが観客席のランダムな色にしたことに表れている」 

隈「大きいもの」を志向することに疑問を感じて、むしろ小さい粒子みたいなものの方が人間と距離が近く、訴える力がある。他のオリンピック競技場のいすの色はがみんな一色だった。でも、少し建物が汚れてきたりすると、寂しい感じがする。だから、様々な色を混ぜたんです」

 なーんか、それが鳥の巣の二番煎じとは興覚めですね。意図が違うから良いと言われれば良いけど・・・ 


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