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2022年07月15日(金)

吉阪隆正自邸

 近年吉阪隆正先生の人気が上昇しているそうで、研究者にお役に立てばと思い、書くことにします。

 「吉阪自邸」について。 1955年が完成の「公称日」となっていますが、実はその3年後、私が在学しているとき、先輩や同輩から聞いたのですが、この家は2階建てで申請がしてあったそうで、それは1階部分が違法なのでピロティを土にうめておいて、それをあとで掘り返したそうです。まさか検査が終ってすぐ(当時竣工検査があったかどうかも不明ですが)ピロティの土をどけるわけにもいかないでしょうから、ちょうど私が入学したころ、先輩や同輩たちが掘り返しに行ったのではないかと思いますが、その話を当時色々聞きました。掘り出しに行った兵はまだ生きています。

 とにかくあの有名なピロティは、先生はなにがなんでも作りたかったのでしょう。たぶん3階が違法のため不可。

「吉阪自邸」その2: 「国立西洋美術館」のコルビュジエの基本設計図は、寸法が描いてなかった(拙著「コルビュジエぎらい」に詳述) で、それに寸法を計算して描き入れたのは、早稲田の戸沼先生です。で「コルビュジエぎらい」を書くにあたって、随分聞いたり資料をもらったので、1冊お贈りしておいたら、手紙をもらって、その手紙に「本の中に書いてある、吉阪先生が『雨漏りなど問題ではない』と言った話。ご自身が設計した吉阪邸が雨漏りで、ご夫人が居間で、傘をさしていた姿を思い出します」と書いてありました。

 その戸沼先生から聞いた話ですが、「西洋美術館」のトップライトの三角形の出っ張り。計算間違いしたのかもしれないと不安だった。何故かと言うと、地上から、あのきれいな箱型の上に、少し見えてしまうからです。心配で心配でしようがなかったけれど、完成して先生が見回っているとき、正面に立って、地上から見えてしまうその三角形のトップライトを指さして「あれが良いね!」とおっしゃったとか・・・

 


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