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2022年08月10日(水)

凄惨な都市の記憶を残すのか?新しい都市像を描くのか?

前回のコラム「広島平和記念公園」の文は長すぎて下手で要領を得ないので、端的に書き直させていただきます。

 丹下健三は「広島平和記念公園」を、施設や造形で過去の凄惨な記憶を残すことはしなかった。

 あの軸線上に残したドームだって、遠く川の向こうにあるひとつのポイントで、凄惨な記憶として祭り上げたのは、後世のひと。

 丹下健三は、単に「現代都市」のコアを考えていた、と思います。

 次の年にCIAM(近代建築国際会議)に招待されたのも、その時のデーマは「都市のコア」でしたが、これは「爆心地」の都市のコアでもなければ、「記念都市」の都市のコアでもない。一般の現代都市のコアがテーマだったと思います。

 丹下健三の頭には、新しい都市像しかなかったのですよ、と思いますが。(そんなこと定説?・・こりゃまた失礼!)


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