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2012年06月17日(日)

京都国際会議場

久しぶりに「京都国際会議場」を見てきました。地下鉄ですぐ目の前まで行けるようになって初めてです。会議場には入れませんでしたが庭から見ると、実に良いのです。打ち放しをしないで、はつり(小叩き)仕上げ、しかも角を欠きこんで柔らかい感じを出す。これは、そういった化粧をすることは当時蔑まされないにしても無視され、評価はされなかったことです。或る時大谷幸夫氏を訪ねる機会が会って、直接伺ってみました。「何故打ち放しにしなかったのですか?」すると「当時丹下先生がおやりになっている打ち放しについていけなかったのです。冷たい感じに疑問を持っていました」と。丹下さんがまだご存命の時で、えっ!と驚いたのを憶えています。今回庭のベンチに腰かけていろいろ思いめぐらし、しみじみ時の流れを感じ、風雪に耐え京都の空気に馴染んでいる姿に感動すらおぼえました。こういう「感覚」は、理屈や理論では伝えられないもので、しかし、これを無視しては建築は半分だと思います。「風雪に耐えて」いるのは実際の柱や梁と同時に、建築の評価についても変化すると思いました。当時は、台形と逆台形のシステムの中に見事に空間をはめ込んでいく、その手法に評価の眼が向きましたが、目の前にみる建築は、「表情」が語りかけて来るものを私は感じています。

実はここからが本論。正面から見てすぐ横に「アリーナ?」とか標識が付けてあって、要するに事務棟でしょうか、関連施設が建っていました。それが、何と、台形と逆台形を組み合わせた形態で、これを設計した建築士さんは、その本館のモチーフを真似して関連性や一体感を出そうとしたのでしょう。思わず目を背けました。これだけの建築の横に建てる難しさは勿論分かります。凄いお手本や、見事な失敗作などいろいろありますが、これほどの駄作は、発注する側(国交省?)と受けた建築士双方のレベルの問題です。天然の本鯛の姿焼きの横に並べて置いた 鯛焼き君です。


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