ホーム »  コラム  »  巨匠の妻

2013年03月14日(木)

巨匠の妻

二川幸夫氏が亡くなられました。私の学生時代に民家の写真でデビューされ、発行・出版も始められました。或るとき建築史の田辺泰先生の講義中、階段教室の前方から、幼い子供を小脇に抱えて、カッコイイ一人の女性が颯爽と入ってこられました。階段教室ですから全員の視線を浴びます。女性は平然と席に着いて授業を受けました。「あれ、カメラマンの二川さんの奥さん」と情報はたちまち教室中に伝わりました。その後も何回かお見受けしました。その頃「GA」という現代建築の凄い写真の本が出て、建築家の間でも話題になりはじめましたが、噂では、「階段教室のカッコイイ女性」がリュックサックに本を入れて、本屋を廻っているとも聞きました。世界の「GA」になる前の話です。

 さて話は変わりますが、日経BPから出ている「菊竹清訓巡礼」という本に、ご令嬢の雪さんのインタビューが出ています。

質問:雪さんは建築家になろうとは思わなかったのですか?

雪さん:父は何も言いませんでしたが、母は私が建築家になることには大反対だったと思います。私も妹も、日本女子大の住居学科に進みましたし、父の事務所に勤めるという考え方はあったと思いますが、それを母は許さなかったのですね。母は建築家が一本立ちして仕事をとることがどれだけ大変か見ていたので、建築家になることを許さなかったのでしょう。

質問:あれほど成功した建築家でも、そこに至るまでの道は厳しいと認識されていたんですね、お母様は。

雪さん:所員の方々にお給料を出してやっていくということがどれだけ大変かと言うことを、私たちによく言っていました。ボーナスを払ったらガクッとすると。

 

そういえば、「階段教室のカッコイイ女性」の小脇に抱えられて建築史の授業を受けていた坊やは、カメラマンにならなかったようですね。


ページの先頭に戻る