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2013年07月30日(火)

専門家の委縮

知り合いの医者から聞いたのですが、検査をして「問題ない」という結果が出ると文句を言われる、と。どういうことか聞くと、つまり検査する必要がなかったんじゃあないか、と言うらしいのです。あきれて俄かには信じられないことですが、医者はみな知っている現実らしいのです。そんな患者を相手にしなければならない医者に同情しますが、だからかどうか分かりませんが、お医者さん、みんな気が弱くなったというか萎縮しているというか、(悪いけど)責任回避?と言わざるをえませんねえ。手術でも何でも、すぐ「同意書」にサインさせられる。また友人が癌になって、手術を選ぶか放射線治療にするか、化学治療(薬)にするか、一長一短を説明されて、決断は患者がしなければならなかったというのです。患者が症状を告げて、医者は「仮説」を立てて順番にその後の情報で絞っていくのだと思うのですが、仮説すら立てられないで、その後の一歩に踏み出せない医者が多くなったと聞きます。つまり自分の専門に自信が持てないのか?委縮していませんか?これは、どの社会でもある傾向かと思います。というのは、3.11以降、これまで個性的で独創的な建築で建築界を引っ張ってきたある建築家が、これからはもう(個性的な)作品主義は止めて、施主が何を求めているか、じっくり聞いてその人たちが満足できるものを作らなければならない、と宣言したのをふと思い出して、私はこれを肯定も支持もするものではありませんが、世の流れかと嘆いているのです。


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