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2013年10月12日(土)

槇さんのシンポジュウム

●昨夜の会は何なのかと、考えています。1時間前に行ったのに入れず、モニターを見るだけの「第2会場」に回されました。それでも入れただけましで、この情報を教えてくれた三浦君はその会場にも入れず、帰ったそうです。外の状況が分かりませんでしたが、私の前の床に女性も直に座っていました。異様でした。私は、熱気がみなぎる会場になるか、シラケたガラガラか、分かりませんでしたが、見事な反響でした。前日会った若い建築家が「槇さんが何か言っただけで、大反響を巻き起こし、そしてなおかつ異を唱え(られ)ない、その状況が異様で問題」と言ってましたが、その通りと思いました。たしかに、司会者も、「みんな(槇さんと)同じ意見で、反対者はいない」と言ってましたが、そんな雰囲気でした。しかし私は、何人も知り合いの建築家に会いましたが、あえて「私はまだ賛成してない。距離を置いている」と言いましたが、実は私、もし「ハディドの計画案に異を唱える署名」をさせられたら、断りました。ともあれ、凄い熱気でした。

 

●それであの会は何だったか?初めに主催者の元倉さんの挨拶で、「これは誰か特定のひとの責任を問うものではない、都市と建築の関わりを都市の文脈とか、環境の面から考えることを目的としている」という旨の説明がありましたが、質問にも出たように、この会の情報はやはりマスメディアを通して社会に発信していきたい、それが本音でしょう。しかし更に、その先には何があるのか?

話の中で、コンペ応募者の選定基準や、施設の内容の面積の決め方即ち「プログラム」に問題がるとか、そして背が高すぎるとか、ボリュウムが大きすぎるとか敷地に引きが無いとか、コンペで立面図や模型を要求しなかったとか、要するに作品を批判し、決め方を批判しているのではないでしょうか。つまりこれを「今後の為の勉強会」とするには違和感がある会と言わなければなりません。もしそうなら、社会一般は「後からゴタゴタ言う建築家たち」と思うでしょう。やはり本音は、「この案を変えさせたい」ではないでしょうか。

 

●パネラー(司会者だったか?)の発言に、コンペはこれまでも政権や自治体の長が変わって中止になったり、がらりと変更になることもある(だから今回もまだ何とかなる)というのがありましたが、とんでもない。この「被害者」は建築家自身で、そうなっては困るもの、やってはいけないことだったのではないでしょうか。だから今回のように事実上の「批判する会」ではなく、本当は「ハディドに、こうしたら良いよ、こうして欲しい、と提案し要求する会」であるべきだったと思います。

 

●今回の根本的な問題は、「情報が閉ざされていたこと。オープンにしてほしい」ということのようですが、もしそれを言うなら、これだけの規模の重要施設を作るときに、一番に「建築家協会」にご意見を求めに来なかった、あるいは相談に来なかった、無視されていた「協会」のふがいなさを反省し、根本的に立て直す必要があるでしょう。そのために今回のシンポジュウムがどれほど役に立ったか、どれほど効果があったか?注目していきたいものです。


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