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2013年11月12日(火)

続・新国立競技場

ちょっと驚きました。付き合っている人も名前だけ知っている人も、建築家という建築家がみな名前を連ねているではないですか。例の「新国立競技場」の槇氏の「異議申し立て」に賛同した80名の名簿です。それに発起人20名。あそこに名前がないと建築家ではないみたいで、焦ります。でも私、賛成じゃあないんです。「異議申し立て」をした槇氏の1万字のエッセイは読みましたが、内容に必ずしも全面的に否を唱えているわけではないんです。今回の「要望書」も主旨は理解できます。まさか100名の名前を連ねている方々が、「そりゃあ少し大き過ぎるよね。予算もオーバーだし、その後も維持が大変だから小さくした方が良いよ」という程度で賛同なさっているとは思いませんが、「そう言われればそうだねえ。ご要望通り小さくやり直しましょう」と関係機関が納得するはずがありません。そうすると、内容の正否や妥当性より、「今要望書を出したこと」の手続き論になりはしないか。その時の建築家の社会性を失うリスクも覚悟しなければならないのではないかと思います。「建築家は後になってぶつくさ言う」と。そもそもオリンピック自体に賛成すれば、こういう都市の狂乱がはじまることは前回のオリンピックを見てもあきらか。コンペが仕掛けられた時にもチャンスはあったのではないでしょうか?槇氏は要項を見て辞退されたと聞きます。その時点でも、「内容の不当」を訴えて、参加者に拒否と辞退を訴えた方が良かったのでは?

私もあえて提案させていただくとしたら、計画や企画の初めから、最も強く重要な発言をしていなければならないはずの「建築家協会」に何の相談も無く(有ったのかもしれませんが、騒ぎにならなかった)計画が進められてしまったことを猛省し、「協会」の立て直しを槇氏に是非お願いしたいと思います。それこそ数十年先を見越して、今やらねばならないのではないでしょうか?

(PS.ほんとうはこんな個人的な「コラム」で発言しないで、もっと出るところに出て言えよ、と言われそうですが、いやです。三輪車で戦車軍団に突入する愚は犯しません。どうせ予算オーバーの理由で少し縮小されてお仕舞になることは目に見えていますから。)


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