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2022年10月20日(木)

京都のホテルと街

久しぶりに旧「京都ホテル」現在は「ホテルオークラ京都」に泊まりました。いつもは鴨川と大文字の山の見える側でしたが、今回は街側の9階でした。

 すぐ目の下に「京都市役所」が見えます。しかしその向こう側の街のキタナイこと。遠くに十何階かあるマンション。三棟くらい並んで、さらに工事中が一棟。どれも同じようなデザインで、しかもその向こうに見える山並みに日が沈むのが、遮られて見えない。

 これではどこの街でも見られる同じようなマンション。しかもマンションのデザインの下手くそなこと。なんでああいうものしかできないのか?

 マンションをほとんど専門にやっている建築士だちを何人も知っていますが、とても「建築家」とは呼べない、不動産の下請けとか、不動産屋お抱え建築士、沢山知っています。彼らは不動産屋にくっついて、そのかわりいつも仕事があって、羽振りがいい。不動産屋の要求をそのまま聞いて、ご機嫌をとって、ぶら下がっている。そういう輩が設計するから、大きなゴキブリの巣じゃあないかと思うような、ひどい設計をする。イヤ設計とはとても言えない。

 久しぶりに京都の街を9階から見ると、周囲をぐるりと囲む山並みが、かなり隠れて見えない。昔吉村順三さんが設計した二条城前の「国際観光ホテル」の窓から街を見ると、瓦屋根の町家が並ぶ、美しい街でした。

 今は瓦屋根は別としても、ニョキニョキと高層マンションや、小さなビルが林立する

キタナイ街になり下がりました。

 実は、この旧「京都ホテル」が19階(?)で計画されたとき、周囲にはせいぜい3,4階の低い建物しかありませんでした。だから京都市の人は大反対。街を挙げて反対運動が起こりましたが、政治の力か、強引に19階が建ちました。

 怒ったお寺は、このホテルに宿泊している客には観覧させないと、お寺の観覧を拒否しました。そこまで反対したのです。しかしそんな方法で勝つはずない。やがて、その意志も崩れて、あのホテルが良いならうちもうちもとビルが高層化して、普通の街になったのです。

 あの時やはりどうしても止めるべきでした。建てさせるべきではなかった。

 経済原理など押さえこんで、都市の独自性は守るべきでした。そういう都市があっても良いのです。いや、京都はそれを守るべきだったのです。「京都ホテル」の高層化は許すべきではなかったと、つくづく思います。


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